新新・たまんにっき

文学と洋画、アニメ、漫画に萌えるインテリア大好き乙女の気まぐれ日記

亀岡弾丸特急の旅

UPするのを忘れていましたが、「シン・エヴァンゲリオン」をミッドランドシネマで鑑賞した際、入場口で渡された記念品☆

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アスカだああああ///(雀躍)

たしか、以前「エヴァQ」を観に行った時は、マリのポストカード貰ったんだった。今回は念願のアスカが貰えてうれしい限り。完結編でアスカとは、因縁を感じるなあ。

さて、で、昨日は宣言どおり、光秀が丹波拝領して作った城下町・亀岡に弾丸特急いたしてきました☆ 実はその前の晩から、疲労が蓄積した感じでちょっと辛かった。んで、一夜明けてみたら、なんともはや8時を回っておりまして! ヤベエッ、寝過ごした!! 本当なら7時には起きて9時には出発するべきだったのに、やっぱり疲れていたのか、寝過ごしてしまい。。。どうするかなあと思案したのですが、せっかくの晴天でありますし、初志貫徹ということで、たらたらと身支度をして11時頃に出発したのでありました。遅いねえ。

京都まで新幹線、そこからJR嵯峨野線に乗り換えまして20分程。嵯峨野線、けっこう混んでた。座れたから良かったけども、これはオン・シーズンや土日祝日は凄く混むんだろうな。比叡山坂本に行った時に乗った湖西線は空いてたのにと思ったら、そうか、嵯峨野線は当たり前だけど、嵯峨嵐山保津峡など著名な観光地が路線にあるんだね。それでか。

しかし、保津峡を過ぎたあたりからは、もうガラガラ(笑)。亀岡駅に到着したのは13:00でした。

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余裕で散策できる時間帯。やっぱ名古屋から近いなあ♪ 城下町の散策より、まずは遠い場所にある谷性寺(光秀寺)に行こうと決めました。

駄菓子菓子、ここからとんでもない誤算が起きることに、その時の私は気づくはずもなかったのです!(哀)

駅南口に出まして、ロータリーからバスに乗ったのが13:26。事前に調べておいた時刻表と違っていて、ちょっと焦った。2021年3月12日から時間変更になったらしい。ここでちょっと嫌な予感がしたんだよねえ。ともかくも、バスは出発しまして、延々30分近い乗車です。谷性寺の最寄りの猪倉というバス停留所に着いたのが14:00。その頃にはバスの車内には私独り。。。

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のどかな田園風景ですが、人っ子ひとりいない。。。真昼間のまぶしい陽射しの下、少し心細くなった私を、紫桔梗紋の旗差しが元気づけてくれました。丹波の山並みに囲まれた、本当に隠れ里といった趣の風景です。

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バス停から谷性寺への道。なんだろう、昔ながらの家並みなのか、こんな田園風景の中にあって武家の匂いを感じさせる雰囲気でした。

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立派な蔵もあるおうち。しんとして、人気もなく、白昼夢を歩んでいる感覚でしたね。そうして、てくてく5分程歩いていくと、道の先にやっと見えてきました! 紫桔梗紋の旗差しが再び!

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谷性寺に到着。おお、ここか! なんと申しますか、すごく可憐なお寺です/// 小さい境内、でもとても綺麗に手入れされた樹木に囲まれて、品のよい瀟洒な雰囲気。

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山門前の石段に、大きな枝垂れ桜の木がありました。これは桜の季節はみごとでしょうな♪ 紫桔梗紋の旗とも、ぴったりマッチした雰囲気が素敵///

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境内に入る前に、由緒書をパチリ☆ 丹波を攻略してこの地の領主となった光秀は、谷性寺の不動明王を崇敬したらしい。その縁で、彼の敗北後、なぜか安政の時代に所縁の人物なのか、「栄」と名乗る者が供養塔(首塚)を建てたとか。別説では、小栗栖で光秀の介錯をした溝尾庄兵衛が、その首を谷性寺へ運ばせたとか。うーん、よくわからんなあ。なぜ安政二年なんだ?? その頃といえば、浦賀にペリーがやってきて、開国へ向けて世の中が動き出している動乱の時代。ちょっと調べてみたいですねえ。

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石段を登り終わって山門をくぐると、そこには桔梗紋が♪ なんか可愛いねえ~♪ その奥の赤い屋根の近代的な建物が本堂です。本堂自体にはあまり価値はないだろうが、全体につつましく、清潔で、上品な佇まい。

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本堂に向かって左手に、首塚があります。安政二年にこの首塚を手向けたという人物は、いったい何者だったのか? 想像が膨らみますね。

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城下の柳町というところにあった門を、このお寺に移築したというのが、この明智門です(↑)。 なぜ明智門と呼ばれていたのかは、よくわからない。傍に咲いていた木瓜の花が、まことに可憐で、このお寺の雰囲気とよく似あっていました。

本堂は無人で、入り口は締めきられ、その前に据え置きの料金箱があって、300円入れれば書置きの御朱印がもらえます。

人っ子一人いないお寺をゆっくり見て、そうしてそっと立ち去り、バス停に戻りましたのが14:20頃。バス停の時刻表を確認したら、

待て。15:31までバスが来ないだと!?(爆)

しまったあああ!! 厭な予感的中!! なんと、平日は13時台と14時台は亀岡駅行きのバスが無い!! ってことは、この何もない田園風景の中、私は1時間余り待ってなくちゃいけないのか。。。どうしたもんだべ。やべえ。誰もいない昼間の風景が、見知らぬ土地で途方に暮れる心細さを煽り立てますううう。ちょっと考えた結果、出した結論――しかたない、こうなったら歩くほかない!!

次の次のバス亭あたりまで、ひたすら歩いてみよう。こないだの坂本の時もそうだったけれど、実際に自分の足で歩いてみることで、その土地の起伏や風土や醸し出す過去の残留を感じ取れることがあるし。明智十兵衛が歩いたかもしれない土地を、自分の足で辿ってみましょう。

ということで、てくてく、まずは湯の花温泉のバス停を目指して歩いて行ったのでアリマス。どこまで行っても誰もいない田園風景の中をひたすら歩きながら、私が思ったことは、もし「麒麟がくる」のラストのように丹波の山奥で十兵衛さまが生きていたとするなら、この谷性寺の付近はその隠れ棲みにうってつけだな、ということ。

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麒麟~」ラストでは、市で駒が十兵衛らしき人影とすれ違うんだよね? あの市って、どこだっけ? 備後? それとも堺? 谷性寺付近からそこまで、なんとか行けるルートかしらん? 「丹波の山奥」というセリフから、福知山から丹波篠山付近までも範疇として考えられるが、福知山はちょっと開け過ぎてるし、危険な気がする。十兵衛が愛した坂本からも割合に近く、湯の湧く谷もあって、隠れ里のような亀岡奥地・谷性寺付近が明智の隠棲としては格好な舞台かもしれない、なんてね。

湯の花温泉バス亭でようやくバスに乗車でき、亀岡駅前に戻ったら、もう16:00を過ぎていた。やっぱ、今朝寝過ごしたのが痛かったな。9時に出発できてれば、谷性寺で時間をくうこともなかったろうに。

それでも急いで、亀山城址を目指します。駅から真っ直ぐ通りを抜ければ、すぐそこ。

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亀岡名物の朝霧を足下にまとった、なかなか優美な明智光秀像です☆ 背後は亀山城の堀ですね。

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本日は南側の城下町までは時間切れで行けなんだ。南郷公園だけぐるっと巡っておきました。また来るよ。現在、亀山城址は大本教本部の管理下なので、見学するには事前受付が必要です。

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堀端にあった、お化け榎☆ これ、夜に見たら、けっこう怖いシルエットだな。新興宗教の傍だし(笑)。それに、明智がこの亀山城から本能寺へ出陣したと思うとねえ。。。

そんなこんなで、亀岡弾丸特急の旅はこれにて終了。新幹線に飛び乗り、18:00には帰宅したのでありました。今回の戦利品は、御朱印のみ。

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先日の西教寺、滋賀院門跡と並べて、今回の谷性寺の御朱印を並べて貼りました。あと一枚の御朱印は、どこの光秀所縁のお寺のものにしよう? 福知山の御霊神社かなあ?